米澤文雄シェフ×草ヶ谷昌彦スペシャル対談

-後編-

米澤文雄シェフ×草ヶ谷昌彦
スペシャル対談

-後編-

お互いをリスペクトしあう、こだわり派のシェフとこだわり派の革職人の対談が実現!業界は違えど、作り手としての情熱や次世代への思いなど共通点の多いふたり。料理人として、革職人として、キャリアが20年を超えてきたことで、感じるようになった“あること”とは?そして、未来を担う子どもたちに伝えたいこととは?

■今回のお相手

米澤文雄シェフ

1980年、東京都生まれ。高校卒業後、恵比寿のレストランで4年間修業したのち、2002年に単身渡米。ミシュラン三ツ星常連の高級フレンチ「Jean-Georges」本店で日本人初のスー・シェフに就任。帰国後、国内の名店で料理長を歴任。2022年に独立し、初のオーナーレストラン「No Code」を西麻布に開業。料理人としての活動にとどまらず、食育から商品開発まで幅広い活動をしている。著書に「ヴィーガン・レシピ」(柴田書店)がある。

■やり続けた人だけが得られる“ご褒美”

草ヶ谷 今年の3月で小売りをはじめて20年になりましたが、とてもありがたいことに、20年前からずっとうちに通ってくださっているお客様がけっこういらっしゃるんです。

米澤 20年間ですか?それはすごい。

草ヶ谷 本当にありがたい事です。そういうお客様と一緒に僕たちも成長することができましたし、特にここ2年ぐらいの不安定な社会情勢では支えていただくことも多くて、職人と顧客という関係性を超えて、一緒に「ブルックリンミュージアム」というブランドを守ってきたような感覚もあるんです。

米澤 素晴らしい関係性ですね。それは、飲食業界でも言えることかもしれません。ここ2年、ずっと飲食業界には逆風が吹いていますが、それでも生き残っているお店は、ファンがついているお店がほとんどですね。「美味しいお店」はたくさんありますが、「あそこに行こう」という風に“選んでもらえる”お店は、それほど多くありません。改めて、お客様との信頼関係の大事さを痛感しています。今後、社会的に落ち着いたとしても、この傾向は変わらないでしょうし、むしろ、よりお客様との心のつながりの有無が経営に色濃く反映されてくるんじゃないかなと思います。

草ヶ谷 そうすると、いっそう作り手に強く共感してくださる方の存在が大事になりますね。

米澤 そう思います。お客様の期待に応えて、地に足のついたビジネスをすることは、地道なようでとても大事だと思います。お店のコンセプトに共感していただいて、ファンになっていただいて、特別なつながりを作ることができたら、それが理想の形だと思います。そうなれれば、多少、時代が変化したとしても、揺らぐことはないんじゃないかと思います。

草ヶ谷 お互いを必要とする“つながり”が作れたら理想的ですよね。これは年々思う機会が増えたことなんですが、長く続けていると、“不思議なご縁”を感じる瞬間ってありませんか?

米澤 めちゃくちゃあります。特に、ここ1年ぐらいそれをすごく感じます。昔のつながりが形になるというか。「やってきてよかったな」と思うことが何度もありました。料理をはじめて今年で24年目になりますが、20年前ぐらいからのつながりが急に形になったりとか、懐かしい人と再会して一緒に何かやることになったりとか、本当にたくさんありましたね。

草ヶ谷 僕も似たようなことがたくさんありました。

米澤 ある時思ったんですが、これは“やり続けたご褒美”だなと。長くやっていると、辛い出来事もたくさんありますが、続けることで縁が形になる嬉しい瞬間もたくさんあるので、“続けること”もチャンスを広げるひとつの方法なんだなといまは思っています。

草ヶ谷 わかります。“やり続けたご褒美”ってありますよね。

米澤 これはぜひ、これから何かをはじめようとしている若い人たちにも伝えたいことですね。若い時は、「すぐに成功したい」「評価されたい」と、結果に対して焦りがちですが、人生は長いので早くに評価されなくても、やり続けていれば、自分のタイミングで評価されたりするものだとわかったので、それを体験として伝えられたらなと思います。20代でポーンと成功して、その勢いが60代まで続くことは極めてまれです。それよりは、自分のペースで自分の目指す理想に向かって、着実に地力をつけていくことが大事で、それを続けていれば、いつかは“やり続けたご褒美”が得られる時が来るので、これからの20年もそのスタンスでやっていけたらなと思っています。

草ヶ谷 自分のスタンスとペースを守り続けるって大事ですよね。僕は最近、改めて“基礎力”が大事だなと思うようになりました。新しいことを取り入れるにしても、基礎がしっかりしていないと、新しい何かを上積みすることができないなと。

米澤 基礎力はとても大事ですよね。作り手としての土台がどれだけ大きいかで、表現の幅って変わってくると思うんですが、土台が小さいと何かあった時に応用が効かなくて立ち行かなくなってしまうこともあります。特に、いまの情勢になってからは、たびたび感じています。ある程度の土台があったら揺らがないし、その土台に新しい発想や社会の変化への対応、一歩踏み出す覚悟を乗せることができるんじゃないかと思います。

■サスティナブルな社会に向けて

米澤 これはもうずっと言われていることですが、今後、サスティナビリティはどんな業界でもマストになりますよね。僕は日頃から、“食の循環”ができるようなインフラを整えないといけないと思っているんですが、草ヶ谷さんはだいぶ前から取り組まれていますよね?

草ヶ谷 インフラを整えなきゃいけないのは、革もそうですね。革も循環させるインフラが整っていないんです。いま僕も、それまで廃棄されていた和牛の皮をなんとかできないかと、和牛の皮で作ったレザーアイテムを作ったりしているんですが、そうやって製品化できる皮はほんの一部で、ほとんどが廃棄されているのが実情です。これは、なんとか変えていきたいと思っています。

米澤 変えるためには、和牛の革の価値を理解してもらって、ビジネスとして軌道に乗せることですよね。安い海外の革が選ばれてしまうのもわかりますが、それでは日本国内での循環が作れないので、どうにかしたいところですね。

草ヶ谷 おっしゃる通りです。うちで使える和牛の革の量にも限界があるので、もっと業界全体で取り組まないといけない課題だと思っています。和牛の革を使う仲間を増やすと同時に、うちが和牛の革で作ったアイテムでビジネス的に成功することで、ひとつのモデルケースとなれたらと思って日々試行錯誤しています。

米澤 これは、どんな業界にも共通することですが、サスティナブルで環境への負荷も少ないことが海外のように付加価値として認識されるようになってくると、きっと色んな事が変わってくるんでしょうね。原材料の価格も高騰していますし、どうしても値上げせざるを得ない時もやってくると思います。そんな時に、サスティナブルな取り組みへの理解と、仕入れ値の上昇が価格に反映することを受け入れてくれるお客様がいるかどうかは、大きな分岐点になってきますね。

草ヶ谷 僕も同意見ですね。うちのお客様は、僕の取り組みや想いに共感してくださる方が多く本当にありがたいことだと感じています。今後は世界に向け、プロダクトだけではなく、リレーションシップ全体を考えた取組に一層力を入れていかなければと感じていますね。

米澤 理由を知って納得していただけるサポーターの存在は、これからどんなビジネスにおいても大事なことになりますよね。そうじゃないと、価格にダイレクトに反映するようなチャレンジはしにくくなりますしね。

草ヶ谷 おっしゃる通りだと思います。

米澤 しかも、しばらくはウクライナ情勢の影響で、あらゆる分野での価格高騰が予想されますし、円安も進んでいるので、資源のない日本で生きる者としては、様々な事態を想定しつつ、これまでの考えに固執することなく柔軟に対応していかないといけませんよね。

草ヶ谷 そうですね。厳しい状況が続きそうですけど、信念を持ってものづくりをしていく中で、自分の業界をアップデートすることと、子どもたちに夢を与えることは続けていきたいと思います。

米澤 僕も同じ思いです。

■子どもの未来のために大人ができること

草ヶ谷 最近、革の端切れもできるだけ活用しようとしていて、コードクリップなんかを作ったりもしているんです。いま、僕がすぐにできることは無駄なく使い切ることだと思うので。

米澤 端切れで作ったとは思えないぐらい、おしゃれなコードクリップですね!

草ヶ谷 こういう端切れを使って、子どもたちにものづくりを体験してもらう試みを、以前、うちのショップでやってみたんです。お子さんがいるお客様から、「子ども向けのイベントができないか?」というお声を多数いただきまして。

米澤 へ~おもしろそうですね!

草ヶ谷 その時は、10歳ぐらいの子どもが10人くらい集まったんですけど、最初は食育の話をして、「普段食べているお肉からこういう革が作られるんだよ」「この革で作ったアイテムは長く使えるように丁寧に作っているから何年も使えるんだよ」という風に、身近な食の話から、目の前にある革の切れ端に興味を持ってもらうような話をしました。

米澤 子どもの反応はどうでした?

草ヶ谷 子どもも革の切れ端が特別なものだと理解できたみたいで、みんな、興味を持ってくれたので、「この革を使って飾りを作ってみよう!」と、みんなでレザーアートを作ったんです。レザーを葉の形にくり抜き、手を動かしながら、「これは経年変化していく革だから、みんなが20歳になる頃には、自分だけの色に変わってるはずだよ」と教えると、直感的に、「これは10年近くも長持ちする良い物なんだ」ということを感じてくれたようで、扱い方も丁寧になっていましたね。

米澤 子どもは素直ですよね。

草ヶ谷 ええ、本当に。終わったあと、どの子も嬉しそうに親に話をしてましたし、楽しみながら学んでもらえるのなら、これからもそういう機会を作りたいなと思いました。

米澤 体験が人を育てますよね。大人もそうですけど、子どもが実体験から得ることはすごく大きいと思います。行ってみて、自分の目で見て、体験して、という全身で情報を得られる試みはとても素晴らしいと思います。

草ヶ谷 うちの子もそうですが、今の子は、学校以外の時間は、塾かスマホ見ているか、みたいな子も多いと聞くので、大人が積極的にそういう場に連れていかないといけないのかもしれませんよね。二次情報、三次情報があふれている一方で、実感を伴った一次情報を自分の血肉にする機会が減ってしまっているのは、子育てをするうえで少し怖いことですよね。

米澤 実感を伴った情報を得るというのは、子どもが成長するうえでとても大事なことですよね。食べ物も同じで、まずはちゃんと良い物を知ることが大事だと僕は思います。良い物を知っていれば、大人になって選択を迫られたときに、ちゃんと“選べる人”になれると思うんですね。だからといって、高い物を食べろとか、ジャンクフードを食べるなというわけでもなくて、自分の考えで選べる大人になるために、食の経験値を増やしてほしいなと思いますね。

草ヶ谷 米澤さんは、お子さんとそういう話をしますか?

米澤 直接的な体験の話ではないんですが、この前、娘が小学校でSDGsについて学んできて、特に水のことを学んだらしく、色々教えてもらいました。僕も「Chefs for the Blue」で海の未来を考える活動をしているので、ある程度のことは知っているつもりだったんですが、子ども目線で話をしてもらうと、改めて気づかされることも多かったですね。子どもから学ぶことも少なくないなと思った出来事でした。

草ヶ谷 そうですね。

米澤 情報が洪水のように溢れる現代で、大人ですら、情報の取捨選択が難しいのに、ましてや子どもに自分でそれをしなさい、というのは、なかなかハードルが高いことだと思います。ある程度の年齢になって自分の中に判断の軸ができるまでは、親が導く形でもいいので、子どもに“体験する機会”“考える機会”を経験させてあげた方がいいですよね。むしろ、理想的な体験ができる場がないなら、親が用意してあげるぐらいでもいいんじゃないかと思います。

草ヶ谷 ブルックリンミュージアムとしても、一流の職人が作った革素材に触れてもらったり、レザーアイテムが作られるまでの過程を知ってもらうことで、学校ではできない体験を提供できる場でありたいなと考えていて、以前イベントをやりましたが、社会が落ち着いたタイミングでまたそういうことをやりたいなと思ってるんです。ちょうど、お子さんが小学生くらいというお客様が多くて、自分たちではできない体験をさせたいという声は本当によく聞くんです。塾や習い事以外の“手を動かす社会勉強”といいますか。そういう場になれたらいいなと思っています。

米澤 “手を動かす社会勉強”ですか、それはいいですね!そういう体験を通して、自分のなかの“大切な何か”に気づいてもらえたら嬉しいですよね。例えば、作るのが好き、考えるのが好き、食べるのが好き、本当に何でもいいと思います。きっと、そういう体験のひとつひとつが自分の価値観を作り、ひいては将来的に職業を選ぶ際の原体験になったりするんでしょうね。

草ヶ谷 確かに。仕事を選ぶ時、何かしらの原体験があったりしますからね。

米澤 子どもには、その子らしい将来像を見つけてもらいたいですよね、なかなか難しいですけど、僕らぐらいの世代から、「共通の将来像」みたいなものが揺らいできてる気がするんです。それこそ、大学を出て会社に入るという人生ではなくて、多少レールからはずれても自分がやりたいことをしたいという人は、僕らが二十歳ぐらいの頃から増えはじめた気がします。例えば、起業とか。

草ヶ谷 そうかもしれませんね。

米澤 僕は幸運にも自分のやりたいことを仕事にできていますが、じゃあ、いまの子どもたちに何か人生のアドバイスができるかというと、時代も違うし一概には言えないことも多い。だからこそ、自分で“自分らしい生き方”を見つけられるように、その価値基準を作るサポートをしてあげたいなと思うんですよね。

草ヶ谷 この20年で社会が激変しましたもんね。おっしゃるように、親にできることって、自分で考えられるように、選択できるようになるための“基準”を作ってあげることがこれからの時代は大切になってくるのかもしれませんね。

■米澤×草ヶ谷コラボで“循環”を演出!?

米澤 もし、僕と草ヶ谷さんでコラボをするとしたら、どんなことができそうですかね?

草ヶ谷 そうですね・・・。例えば、米澤さんのお店で使うメニューカバーをレザーで作ったりとか、クレジットカードのサインボードとか、キャッシュトレイをレザーで作ったりとか・・・。

米澤 いいですね!かっこよさそう!

草ヶ谷 例えば、米澤さん使う牛から、革になったり料理になったりしたら、そこにストーリーが生まれておもしろそうですよね。

米澤 そうですね!食べたものの一部が、形を変えて目の前にあるというのはおもしろいですね。目に見える循環の形というか。会計の時にその話をきくと、体験としての余韻も生まれそうですよね。

草ヶ谷 色々考えるきっかけになりそうですね。

米澤 ぜひ作っていただきたいです!

草ヶ谷 あとは、リアルなイベントとかもおもしろそうですね。話にも出た“手を動かす社会勉強”の機会を作る意味で。例えば、うちの店内で子ども向けに、革の小物づくりのワークショップをやって、ケータリングで米澤さんの料理を振る舞ったりして、大人向けにお酒なんかも出しちゃったりして(笑)。それで、売上の一部を寄付したりして、そういうところも子どもに体験してもらったりして・・・。

米澤 いいですね!素晴らしいです!子どもの経験にもなりますし、大人と子どもが一緒に、食で、革で、循環を体験できる機会になりますね!

草ヶ谷 ぜひ近いうちに実現しましょう!

米澤 やりましょう!また楽しみなことが増えました。

春の取材から夏になり、先日オープンした米澤さんの新店舗【NO CODE】へ。
美味しいコース料理を堪能させていただき、最後に柿渋染めと藍染めのキャッシュトレーを手渡しにて、納品させていただきました。

お店の歴史とともに、エイジングしていくキャッシュトレー。ご来店された際、最後にチェックしてみてくださいね。

Edit by Ryuichi Takao