和牛の“肉”の行方はみんな知ってるけど、
“皮”の行方は誰も知らない理由

和牛の“肉”の行方は
みんな知ってるけど、
“皮”の行方は誰も知らない理由

ブルックリンミュージアムの代名詞的素材「ヤマト」。いくつかの小さな違和感が発端となり、代表草ヶ谷の革にかける情熱と想いが具現化された“オールジャパン”のレザー。今回は、「ヤマト」に込められた数々の想いを語ってもらいました。

ブルックリンミュージアム革職人兼代表取締役・草ヶ谷昌彦インタビュー(前編)

■日本の牛の皮はどこに消えているのか問題

━ ヤマトは和牛の皮を使っていますが、そもそも「和牛」を使おうと思ったきっかけは何だったんですか?

実は、日本で取れた皮を使っている“純国産のレザー”って、ほぼ存在しないんです。

━  でも、日本製のレザー商品はありますよね?

日本に流通している、いわゆる“日本製のレザー”って、確かに日本製なんですけど、原皮は海外から輸入していることがほとんどなんです。アメリカ、南米、東南アジアなど、世界各地からやってきた原皮を日本でなめして素材にして使うのが一般的なやり方なんです。私も20年ぐらい前までそれが当たり前だと思っていました。

━  当たり前じゃないと思ったきっかけは何だったんですか?

20年前に出会った革屋さんに「どこの皮を使ってるんですか?」って聞かれて、インポートだって答えたら、「どうして、日本の皮を使わないんですか?日本の皮も、いいものがいっぱいあるのに」って言われたんです。驚きでした。それまで日本の皮を使う発想がなかったので。

━  日本の皮は手に入りにくいんですか?

いえ、むしろ沢山余ってます。大量に廃棄処分されているぐらいなんですよ。

━  捨てられちゃってるんですか!?どうしてですか?

当時、私も疑問に思い、色々と調べていきました。すると、牛を取り巻く“分断”が見えてきたんです。

━  分断ですか?

驚くべきことに、牛を育てている畜産業界と、我々がいる皮革業界の間のパイプがなかったんです。要は、流通ルートがなかった。普通に考えたらあってもおかしくないんですが、接点がゼロだったんですね。

━  接点ゼロですか!でも、食用肉にする過程で絶対に皮は発生しますよね?それを皮革業界の人が「ほしい」って言えば、すぐに話がまとまりそうな気もするんですが・・・。

そうなんです。でも、どっちの業界もそれをしなくても成立していたから、どちらからも何のアクションも起きなかったみたいなんです。肉用牛農家さんや酪農家さんは、牛肉や牛乳が売れれば生計は立ちますから、そこであえて、皮をどうにかしなくても良かったんです。一方、皮革業界も、海外から安い原皮を大量に仕入れる方がビジネス的にもコスパがいいので、わざわざ国産の皮を仕入れるルートを開拓する必要がなかったというのが現状でした。

━  つまり、どちらの業界的にも特にメリットがないから、これまで誰もやらなかったということですか?

そうだと思います。これは非常にもったいないことだと思いました。

━  もったいないですね。捨てちゃうなら無料でもらえそうなものですけど・・・。

そこは資本主義の国なので、お金がかかるんです。どうせ捨てちゃう皮なんですが、手間暇かけて愛情を注がれて育てられた牛の一部ですから。どうしても、輸入品と比べると割高になってしまいがちなんですよね。

━  食肉も、輸入肉よりも和牛の方が高いですもんね。

そうですね。それと同じ感覚です。

■知られざる日本と世界のレザー格差

━  日本では輸入した原皮が主流ということですが、海外だと皮素材はどうやって調達しているんですか?

例えば、イタリアは革製品の製造額が世界一ですが、当然、自国産の皮を使ってます。フランスやスペイン、アメリカもそうですね。

━  イタリア料理ってチーズが欠かせないですよね。それにお肉も。牛肉の消費量が多い国は革製品の製造量が多い傾向にあるんですね。

そうです。世界では、牛のお肉も皮もすべて自国で消費しているんです。特に革製品の有名ブランドがあるような国は、食もファッションも文化の一部として同じくらい大切にされていますし、関わる人々の熟練度も相当なものだと思います。例えば、イタリアだと、400年以上続く超老舗のタンナーさんは珍しくありません。だからなのか、イタリアのレザーは、純イタリア産がほとんどです。見るたびに、「ここにはイタリア職人のプライドや自信が凝縮されてるんだろうな」と思いを巡らせてしまいます。

━  革製品が強い世界的ブランドといえば、エルメスやヴィトンが真っ先に思い浮かびますが、フランスはいかがでしょうか?

フランスもイタリアに負けてませんよ。フランス料理って、「仔牛の○○」みたいな料理が定番なイメージありませんか?つまり、フランスには若くてハリのある子牛の皮が沢山あるわけです。そして、それを素材に純国産の革素材を作ってるんです。食とファッションの無駄のない相互補完関係が何百年前も前から脈々と続いているんです。

━  確かに無駄のない関係ですね。お肉といえば、アメリカはお肉大好き国家というイメージですが、やっぱり革製品も充実してるんですか?

充実してますね。革靴好きなら絶対知ってるタンナー・ホーウィンが世界的にも有名です。オールデンに革を卸している会社です。アメリカのすごいところは、一点物を作るヨーロッパ的な流通もありつつ、原皮のマーケットを作ることで、大量生産大量消費を可能にし、原皮を商材としてしっかりマネタイズできているところですね。

━  ステーキやハンバーガーでお肉を大量消費して、そこで出た皮も素材としてしっかり売り切るわけですね。

他の国に売っても有り余るほど、たくさんの牛の皮があるんです。だから、アメリカは原皮の輸出に力を入れてます。ちなみに、その多くが日本にやってきているんです。

━  なるほど。日本だとゴミとして捨てられてる皮が、ヨーロッパだと自国のファッション業界を支える良質な素材になって、アメリカだと商材になっているわけですね。

日本は牛肉を消費して終わりですが、ヨーロッパは牛を余すところなく使い切り、アメリカは原皮という副産物ですら一大産業に変えてしまう。私は、日本がすごくもったいないことしているこの現状をどうにかしたいんです。

━  いまの日本は、畜産業界と皮革業界が分断されているから実現できていませんが、レザー大国のイタリアやフランスのように、余すところなく使い切る、そして、いい革製品を作って長く使う、というエコな循環を作ることはできる可能性はあるんでしょうか?

できると思います。いま、世界的にエコやSDGsが価値観として浸透しはじめていますが、日本人のDNAには、「もったいない精神」が刷り込まれていると思うんです。いまは、少し忘れてしまっているだけで、その精神を思い出せば、日本人は世界で一番、エコでSDGs的な生き方ができる人たちだと私は思っています。

━ どうすればいいのでしょうか?

革職人の視点で語るとすれば、「素材を無駄にしない」「いい素材で長持ちするプロダクトを作る」「良質なアイテムに相応の対価を供給する」という、それぞれの立場でできることをしていくことで、社会の価値観を少しずつ変えていくことはできると思っています。そのひとつの提案が、和牛レザーの「ヤマト」なんです。

■ヤマトは美男子だった!?

━ 和牛の皮の第一印象はいかがでしたか?

皮がとても繊細でみずみずしいなと思いました。よく海外の方から、「日本人は肌がきれい」と褒められますが、それは四季があるからだと言われています。あたたかい季節は毛穴が開き、寒い季節は毛穴が閉じる。無意識のうちに私たちの肌は運動をしています。さらに、日本には適度な湿気もあります。そして、海外ほど強烈な紫外線もありません。そんな、恵まれた環境にくわえ、プロの畜産農家・酪農家に大切に育てられた牛の皮膚は、まさに誰もがうらやむ美肌だったんです。これは大きな発見でした。

━ ちなみに、原皮として理想的な牛はどんな牛なんですか?

寒い地域で育った乳牛のオスです。

━ 乳牛?しかもオスなんですか?

そうです。食肉用の牛は、本来あるべき姿よりも“食べるために”体を大きく育てられています。サシが入っているような“食べて美味しいお肉”は、実は皮が牛本来の状態よりも伸びてしまっているんですね。だから除外せざるを得ないんです。理想は、自然放牧で、草を食べてある程度大きくなった牛なんです。皮にした時にいい牛は、あまりサシが入っていないような赤身の筋肉質な肉な牛ですね。調べていくと、乳牛のオスは、ある程度の年齢になると、赤身のお肉として出荷されることがわかりました。そこで、皮を譲ってもらって、試しに加工してみると、まさに求めている品質に近いものが出来上がりました。

━ まさか乳牛が理想の素材になるなんて意外ですね!

しかも、酪農な盛んな地域は、東北や北海道といった寒い地域です。これも皮の質感に大きな影響を与えていたんです。

━ よく、雪国の女性は肌がきれいって言われますけど、牛も同じということですか?

実は、牛も同じなんです。オスなので、雪国美人というよりは、雪国美男子ですね(笑)。

━ 肌のキメが細かいと、どんなメリットがあるんですか?

表現できる色の幅が全然違うんです。海外産の原皮は、加工の際、顔料で染めることが多いんです。顔料だと多少の肌荒れも塗りつぶせちゃうメリットはあるんですが、もっと繊細な色を出すためには、顔料ではなく染料で染めたいと思っていました。でも、海外産の原皮は腐らないように塩漬けにされているので、加工する際、塩が抜けきらなくて染料で色がしっかり入らないんです。

━ 海外産は一次加工がすでにされているわけですね。

一方、和牛の皮は肌のキメが細かく、かつ国内産なので塩漬けにもされていません。だから、染料を使って濃淡様々な色を表現することが出来るんです。ものづくりをする上で、表現できる色が多いというのは、圧倒的なアドバンテージです。しかも、手触りもいい。見てよし、触ってよし、というのは、良質な革素材の絶対条件です。それが、和牛だと高いレベルで表現できるんです。

━ いいものを作ろうと思ったら、和牛の皮を使うのは必然の選択だったわけですね。

そうですね。日本で生まれ育った牛の皮を、日本の職人が加工するという、オールジャパン体制で作った和牛の革は、世界に誇れる素材だと思いますし、「ヤマト」がそのパイオニアになればいいなと思っています。

■求む!世界に挑戦したい革職人

━ 2004年にヤマトを発表してから、どんな変化を感じますか?

お陰様でたくさんの方にご愛顧いただき、本当にありがたいなと思っています。革製品を取り巻く様々な環境について、長年、色々と思うところがありましたが、象徴的なアイテムを自社開発することが出来たことで、自分たちの目指すべき“目標”がはっきりしたと考えています。

━ それはどんな目標ですか?

「世界に日本の革製品の魅力を届けたい」と、明確に思うようになりました。ただ、それと同時に“大きな課題”にも気が付きました。職人が足りないんですよ。

━ いま、ブルックリンミュージアムに職人さんって何人いるんですか?

いまは、ほぼ3人で回しています。うちの商品は、どのアイテムの作業工程も他と比べて多く、クオリティも妥協しない、俗に言う「面倒」なモノ作りです。

━ だからといって、作業工程を減らしたり、求めるクオリティレベルを下げることはありえませんもんね。

そうです。その“面倒”をやらないと、オリジナリティは出せませんし、何よりうちの哲学でもある、“長く使える商品”を作ることができません。だから、最近は、「革職人になりたい若者」ではなくて、「ブルックリンのアイテムを作る職人になりたい!」という若者をリクルートしないといけないなと思うようになってきました。

━ にわとりが先なのか、たまごが先なのか・・・。悩ましいですね。

同時に、解決しないといけない課題がもうひとつあります。いま、現役の職人さんたちが自分の店を子どもに継がせない最大の理由に、「稼げないから」というシビアな現実があります。幸いにも私は、先代から店を継がせてもらいましたが、いまの状況はあまりにも夢がないと感じています。私が次の世代にバトンを渡すまでには、しっかりと職人が稼げるシステムを構築したいと思っています。

━ 業界全体に共通する問題ですね・・・。

これをどうにかするためにも、まずはブルックリンを、エルメスやヴィトンのように、熟練の職人が時間をかけて丁寧に作ったアイテムが相応の値段で買ってもらえるブランドにしたいと思っています。お客様の求める理想を実現し、職人も見合った報酬が得られれば、業界は先細りしません。そのモデルケースを作りたいんです。

━ いまの社会には、「安さこそ正義」のような空気もありますが、そこについてはどうお考えですか?

そういう価値観があることはわかりますし、否定はしません。でも、そんな世の中だとしても、私たちが目指す理想を掲げ続けていれば、きっと、それに共感をしてくれる職人さんと出会えて、想いに共感してくれた方がお客様になってくれると信じてものづくりを続けています。いつしか、共感の輪が広がって、同じ想いを持つ人たちで、日本人が忘れている価値観を呼び覚ませたらとも思っています。だから、ヤマトには“共感の象徴”としての役割も期待しているんです。

ヤマト開発秘話

自分たちが生きる世界を、自然で無理のない形にしたい・・・。
その信念が生み出した「ヤマト」は、道を示す旗印とも言える存在でした。
そして、草ヶ谷代表が思い描く“ブルックリン・ビジョン”とは?

Edit & Interview:Ryuichi Takao