「質の良さ」と「アートのような遊び心」を取り入れたブルックリンの製品は、1980年代日本のセレクトショップの先駆けであるSHIPS、BEAMS、UNITED ARROES 、BAYCREWなど、様々なバイヤーの目にとまり、声がかかるようになりました。

「今回の海外出張では、こんなニットやパンツを買い付けてきたよ。だから、これに合うような靴下を作ってよ。」
その素材や色の特徴を活かすアプローチ方法を、バイヤーとブルックリンで行っていきました。

海外からのエッセンスを取り入れながら、
“日本らしい繊細なものづくりをしていくか。”
互いに語りあい、作り、身に付け、売り、反応を見て、やり直す。

共同でものづくりをしてきたこれらの経験は、かけがえのない宝となりました。

日本有数のセレクトショップのアイテムを手がけていたBROOKLYNに転機が訪れたのは2000年頃のこと。
ファストファッションが大流行し、大量生産が市場を席巻。
価格は崩壊し、低価格帯の波が一気に押し寄せてきました。

そんな波にも負けず、素材に妥協しないものづくりをし、営業先へ。
しかし、現実は無情にも、想いを理解してもらえない日々の連続。

「安くないと売れないよ。」
「素材が良くても値段がさ。」
「モノは確かにいいんだよ。でも高くてね。」
営業先から聞かされる言葉は、厳しい言葉の数々でした。

それでもすぐには引き下がらず、次の商談時にもう一度伝えてみよう、と心を奮い立たせ挑んでいきました。
ですが、理解をしてくれる営業先は目に見えて減っていったのです。

進退を迫られ、コストを抑えるために海外へ生産拠点を移すことも考え始めました。

「自分たちのやりたい事は本当にこれなのか。
素材や質を落とす事が、本当にお客様のためなのか。」

再び、自問自答する日々が続きました。

悩み抜いた末、自分たちの思う良いものを作り、その良さを自分たちで伝えていこう、と決意。

「これからは使い捨ての時代は終わる。
限りある資源で未来を繋いでいきたい。」

2002年に東京・青山に直営店をオープン。
会社の運命を左右する大きな賭けでした。

ショップにいらしていただいたお客様に、 “ 美術館へきたような充実感を感覚を味わっていただきたい ” という想いから、ブランドネームは〔BROOKLYN MUSEUM〕と名付けました。

事務所の軒先、わずか3坪のスペースに商品を並べただけの小さな空間からのスタート。
問屋業も続けながらのハードな日々ではありましたが、思う存分こだわりの商品を作ることができる歓びに勝るものはなく、そこには充実感がありました。

経営は順調とはいえないものの、お客様と直接お話をし、想いが伝わる瞬間。
お客様の“笑顔”が何よりの励みでした。

やがて、細部まで徹底されたクオリティと美しさは海外でも高く評価され、イギリスのセレクトショップ「Browns」、イタリア・ミラノの「PELLUX」など、世界的に有名なショップから声がかかるようになりました。
海外展開への足がかりとなるイタリア・ミラノの革小物展示会「82MIPEL」への出展。日本初のブランドとして招待されたのは、エキシビターがPELLUXにディスプレイされていた商品を見たことがきっかけでした。

これを機に、イギリス・ロンドンの老舗百貨店である「LIBERTY」でも取り扱いが始まり、以降、アメリカでも紹介され、ブルックリンミュージアムは世界的にも認められるようになっていったのです。

第五章

「好きこそものの上手なれ」