ハマリビト

日常に豊かさをもたらせてくれるコト・モノ。

流行を追うのではなく、「私はコレ」という強い決意にも似た潔い大人に心が惹きつけられるような気がします。

ブルックリンミュージアムが気になるアノ人をフィーチャー。

楽しんだり、もがいたり、それぞれの未来を想い描く方々をご紹介する連載企画です。

ハマリビト


写真家 堀 清英さん

 

今回のハマリビトは写真家の堀清英さん。1990年代の前半にNYのICP(国際写真センター)にて学び、その後NYにて活動。帰国後は自身の作品制作を基盤に、雑誌・広告・アーティスト撮影などを行う。生前の詩人アレン・ギンズバーグなど伝説のアーティストたちの撮影を行うなど希有な経験を持つ堀さんに、その撮影エピソードや人生観について伺いました。

━写真家を目指すことになったきっかけは?

堀さん(以下 堀): もともとはカメラマンになろうとは思っていなかったんです。写真自体は19歳のころ興味を持ったのですが、その頃は雑誌や広告の撮影をしたいとは全く頭になくて。当時はよく原宿で遊んでいたんですが、場所柄クリエイティブな仕事をしている方々も多く、そのお手伝いをしている時期でした。

グラフィックデザイナーのところで原稿運びをやっていたんですが、その時に写真集やLIFEなどの写真雑誌と出会い、それがきっかけで休日にカメラを買いにいきました。

当時、好きな写真家で印象に残っている方が何人かいて、ずっと頭に残っていたのが、カナダの写真家・ユーサフ・カーシュの写真です。
写真集には、チャーチルやヘミングウェイが載っているのですが、「なぜ昔の偉人の写真を撮る事ができたのか?」と不思議だったのを覚えています。
その時、自分もふと好奇心から「この人の写真が欲しい」と衝動的な感覚があって。そうしたらその7年後に彼に写真を撮ってもらうことになったんです。

━凄いですね。どのようにして憧れの写真家にご自身が撮影してもらうことになったのでしょうか?

堀:「本格的に日本で写真をやるには?」と考えたんですが、やり方がよく分からず。ふと、尊敬する人に自分を撮ってもらったらよくわかるんじゃないかと考えたんです。それでどうにか撮ってもらえないかなと思っていたら、ロスに住む日系人の友達が「知っているよ。カーシュが契約しているギャラリーに聞いてあげるよ」と問い合わせてくれたんです。そして、二週間後の土曜日だったと思いますが、「NYに来てください」と言われ、「え?もう?」って。

それで一応シューティングはいくら、焼き増しの写真は1枚いくら、と条件がきたんですが、当時20代の僕にはとても高額な金額だったんです。でも、「その価値はある!」と迷う間もなくアメリカ行きのチケットを手にし、飛行機に飛び乗ったのを覚えています。

NYに渡り、聞いていた連絡先に電話をしたらアメリカとは異なるアクセントのおじいさんが出たので、あれ?間違えたんじゃないか?と思ったら、当時80歳くらいになるご本人だったんです。

それでスタジオに着いたら僕は思いのほか緊張しているわけですよ。
だって、第二次世界大戦のチャーチルなどおとぎ話に出てくるような人たちを相手にしてきたフォトグラファーが目の前にいる。それで、ふと鏡の前で自分を見たら「ああ、髭が生えてる…」とポロっと言葉が出てしまって。
そうしたら「じゃあ剃ったら?」と髭剃りを貸してくれて(笑)。

撮影は助手の方が1人いてセットを組み、そしてライティングが決まり、撮影が始まったんですが、本人が足をかばいながらなだめられたり、抱きつかれたり。

面白いことにカーシュは撮影中ずっと喋っているんですよ。それで一瞬の沈黙があり人差し指を口の近くにピンと立て、カシャと撮るんです。そしてまたすぐ話が再開するんですが、テンポがどんどん早くなっていって。
「お前のプロフェッショナルは何だ?」とか「3月17日、同じ日にヘレン・ケラーを撮った」とか。

当時26歳の私は、ビクビクし、汗をかいたり緊張していたのですが、「撮影の段取りってこういうものなのか」とわかり、次第に度胸が出てきて。
他にヘレン・ケラー撮影後トムソン女史がマーサ・グラハムに電話をし翌日スタジオを訪れた、などいくつも伝説を教えてもらいながら撮影は続きました。彼は高齢なのに大型カメラを使い、2時間立ちっぱなしで足をかばいながら撮影してくれました。その撮り方には感銘を受けました。

前にチャーチルと彼のことを書いた記事を見たことがあったんですが、その内容はカーシュがチャーチルの葉巻を折って怒らせたというエピソードだったんです。
撮影後、近所のレストランでみんなでチキンポットパイを食べながら思いきって「あれって本当ですか?」と聞いてみたんです。
カーシュは、「撮影場所はオタワの国会議事堂の1室で撮影時間は15分。チャーチルは葉巻をくわえながら入ってきて。そこで私は葉巻を奪い取ってカメラに戻り、 シャッターを押したんだ。そうしたらチャーチルが帰り際に「カーシュくん、君は吠える獅子をも黙らせる男になるだろう」と」。このエピソードは本当だったんだと。

━その行動力は凄いですね。その後はどうされたのでしょうか?

堀:NYに引越してから写真学校に行き、そのままNYで駆け出しのカメラマンをはじめたんです。昔遊んでいた友人やファッション雑誌の編集をやっていた子たちも経験を積んで少し偉くなってくるとページを持つようになっていて、その子たちが仕事をくれたり。だけどそんなにお金にもならなかったのでたくさん持っていた写真集や古書などを売って生活していました。
10代から写真集や雑誌をずっと見ていて『VOGUE』を見れば大体のカメラマンを覚え、『Harper’s BAZAAR』は面白いことやってる雑誌だなと思ったり。

でも、それらを見て知識が増えても、自分で撮影すると良し悪しがわからず、自分の中で「?」がずっと続いていたんです。
それで自分は技術というよりも、“アイデア”の方に向かった方が面白い“ということに気づいたんです。

━なるほど。ではそのNYで詩人のアレン・ギンズバーグ氏を撮影されたとお聞きしましたが、それはどのような経緯だったのでしょうか?

堀:アレン・ギンズバーグは高校生の時に好きになりまして。
ある古本屋に彼の詩集が置いてあって、高校生にとっては古本でも高いので何度か行って立ち読みしていて。それで「今日は買おう」と思ったときに、書店の方が話かけてくれて、他にも色々な詩人の本を紹介してくれたんです。

家が三島由紀夫などを読むなという方針で、そう言われると余計助長されてヒソヒソ読むのが楽しくて余計に読書にふけりました。学校では「危ない奴」扱いされるわけですが、逆にそういうのもいいなと思って。授業中もヒソヒソと読んだりして。(笑)

それで、ギンズバーグを読んでわからないなりに面白いなあと思っていて。大人のスラングなど、その頃は判断の邪魔になる固定観念がなく、スッと入ってきたんです。名古屋から東京に出てきてから、ギンズバーグの詩の朗読会があると知り、「これは行くしかない」と。会場には誰でも知っているような著名人が近くに座っていましたね。
朗読が終わってギンズバーグとの距離は50メートルぐらいあったんですけど、「生のギンズバーグが目の前にいるんだ」という忘れえぬ体験でした。

それで、先ほどの話のようにNYに引越して1週間以内だったと思いますが、当時『New York Times』の日曜版ライブ情報などが載っている新聞があり、そこに「アレン・ギンズバーグ/ポエトリーリーディング」という文字を見つけたんです。そんな活動をしていると知らなかったのですが、恐る恐る会場の教会に行き、写真を4枚くらい静かに近寄って撮って。それが最初でした。

━最初は朗読会で密かにパシャっと?

堀:その頃は許可うんぬんという頭もないですから。それはそれで良い写真が撮れたのですが、ただ撮ったとしてもどこかで発表する気もなければ場もないわけで。その後は要するに追っかけですね。何回か朗読会に行ってはパシャっと撮影して帰るみたいなのが続いていました。

ある日、ギンズバーグがチベットのお坊さんと共に二日間瞑想の会をやると知り、「二日間ずっと一緒に過ごせるのか」と。定員20名くらいで本人とも喋る機会があるというんです。

それに参加して、休憩の時間に近くのレストランでランチしているときに話しかけてくれたんです。日本からちょっと前に引っ越してきたみたいな話をしましたかね。本人を目の前にしても不思議と緊張はしませんでした。

そのあと、午後からまたセッションがあり、一緒に行った人と二人であえて日本語で詩を発表してみたらウケたんです。
一気に和やかな雰囲気になり、勝手にますます距離が縮まったと思って嬉しかったですね。帰り際、本を買ってサインしてもらったのですが「次の朗読会はどこ?」と聞いたら「それは自分で調べたら?」って(笑)。

━もちろん、次も調べて行かれたんですか?

堀:そうです。その中でもよく覚えているのはCD2枚組の発表会がタワーレコードであって、サイン会もあるというので行きました。警備員もたくさんいたので写真を撮っていたら注意されるだろうなあと思ってたんですが、ギンズバーグがこっちを向いて「He is all right」って。覚えていてくれたんです。
そして、本人が写真のOKを出してくれて。彼を撮影するきっかけになったのはここからですね。

サイン会は長蛇の列ができていたんですが、最後まで誰でも写真を撮っても構わないという雰囲気で。普通ならマネージャーが出てきてサイン会も「あと15分です」とか「本を買わないとサインはNGです」とか言いますが、彼は関係なくひたすらサインをし続けていました。

また面白かったのが、ボブ・ディランのライブがあった時、一般客の列の中に彼が並んでいたんですが、それに気付いたスタッフがVIP席に案内していましたね。普通は招待客の方でさらっと入るでしょう? 彼の人柄の良さを感じた瞬間でしたね。

━有名でもあくまで自然体というのも惹かれますね。

堀:そうなんです。僕が住んでいた場所も彼の自宅に近かったのですが、日本食レストランで会ったら手を振ってくれたり。彼の朗読会を生で何度も見てきたのですが、やっぱり面白くて。何度も体験することで自分自身の構成要素となっていったと思います。こういう体験が写真にも影響してくると言いますか、その後ずいぶん経ってからですが、“写真を撮っていないときの経験が写真の一部なんだ”という感覚に気づいたんです。

思想的な話を聞くだけでも、人は言葉に操られると思います。自分はそれが少し過敏な時があるかもしれないと思っていまして。しばらく経ってから視点が変わることもあったりするんだなと。

━なるほど。その後、写真家としてNYでデニスホッパーやビースティーボーイズなど様々なアーティストの写真を撮られたとお聞きしております。

堀:いろいろ撮影したと言っても本当に運がよかっただけ。とりあえずやってみようとキョロキョロとアンテナをはっていると、たまにラッキーが起きる。
皆さんもそうだと思いますよ? 運をよぶ気が強い時もあれば、逃げていくときもあります。なので、特に何かを意識してはいないですね。

━では、最後に現在は日本に帰国されて写真家として広告や雑誌など様々活躍されていますが、お仕事のやりがいを感じる時はどんな時でしょうか?

堀:全部の撮影がそうですよ。撮影依頼がきて受ける時は楽しいのですが、受けてから「どうしよう」と怖くなるタイプなんです。子どもの頃ってそうじゃないですか? 虫に刺されてからじゃないと痛みを感じない。物心つく前って、例えばコップを割ったら怒られるってわからないですよね? そういうものを待っているのが撮影現場だと思います。だから楽しいですね、怖いのも含めて。

私の偏愛アイテム Best 3

FAVORITE1
IVYのシャツ

堀:高校生や大学生の時から買い続けている好きなタイプのシャツがあって、中にはもうボロボロなんですけど捨てられないものもあります。
高校時代にお世話になった洋服屋がありまして、そこで『TAKE IVY』という本を教えていただいたのですが、これがかっこよくて。
60年代アイビーファッションが多く、古着やデッドストックをよく買っていました。
ここから抜け出せない自分もいて、ベースは変えられないですね。雑誌『Men’s CLUB』でよくお書きになっていた、くろすとしゆき先生の『トラッド歳時記』を一生懸命読んでいましたが、のちに本人に会うことになって。

この60年代のペイズリー柄のボタンダウンシャツにテーパードの細身のスラックスを着ていったんです。そしたら先生が『本物じゃない、これ』って。ずっと尊敬していた方に会えて運がいいなあと思いますし、先生が本物と言ってくれたのは嬉しかったですね。自分のスタイルとしてずっと勝手にやっていたスタイルで、流行からすると格好悪いと思われる年があれば、いいねと言われる年もあったりして。社会の流れとは関係なく、自分が好きだからずっと着るというスタンスです。
あの時からずっとこのスタイルを卒業する気もなく、留年している感覚ですね。

FAVORITE2
頂いた手帳

堀:頂いた手帳ですが、もともとはエンボスでロゴなどがあったのですが、黒いマニキュアで消して使っています。使うものはご縁でいただいたものが多くて、今日着ている服もみんな何らかのご縁のものですね。

FAVORITE3
機械を分解

堀:子どもの頃、よく家で破壊主義者と言われていたのですが(笑)、機械を分解するのが好きでそれが快感なんです。今、これは一番好きなことかもしれない。30代半ばでこのスリルを思い出し再び破壊主義者に。分解して中身を見れるってワクワクしませんか?

色々分解してみましたが、中でもBang&Olufsenを分解したこともありましたね。分解して戻らないものも結構ありましたが、分解して中身がわかると次のものに行きたくなる。そういう性分でいろいろな思いに駆られるんです。

面白いのは人間と違って機械は正直ですよ。悪いところを発見できればすぐ解決しますからね。人間が使ったらモノになりますし、壊れてほっといたらゴミになる。写真もそうですよ、置いておいたらただの紙ですもん。 なんかそういうのが好きなんです。

愛用するブルックリンミュージアム

堀:2年くらい使っています。友人にも「白い財布かっこいいね」と言ってもらえたり。オーダーする時は、デザインに迷いはなかったですね。
写真の撮影と同じ感覚で、動きたがってるように見えるんですよ、こんなふうに作ってほしいって。

財布のベースを白にしたら糸はグレーになりたがっている。そうしたら中面の色は変えた方がいいな、とか。

カメラを覗く時、被写体に「動きを聴く」という感覚に似ています。
聴くということがすごく大事で。どこに聴いているかはわからないですよ、あの世に聴いているのか、何なのか。
この感覚は今も仕事に繋がっているような気がします。

堀:ブルックリンミュージアムに来ると、使っている財布を渡した瞬間にメンテナンスしてくれるんですよ、頼んでもいないのに。(笑)
白の財布なので汚れてきますが、さまざまな道具を出して黙々とやってくれます。こういうのを見ると「この人おかしい(笑)」と面白くて。嬉しいじゃないですか、こういうのって。
ブルックリンの好きなところはこういうところなんです。

また、革職人の草ヶ谷さんがメンテナンスしているのを見るのも好きで、道具の使い方とか凄く手慣れていて面白いです。財布を手で触ってもらうことで「ここ使ってないな」とか全部わかるわけですよ。ある意味、財布のお医者さんでもありますね。

Photo:Taku Amano