ブルックリン ミュージアムのもの作りを支える「手」は、ひとつではありません。
財布を1点作るにも、何人もの「手」が携わり、作り上げていく──
それは、僕らブルックリン ミュージアムの職人だけでは成し遂げられない事。
しかし、たくさんの技術をその“手”と“頭”に蓄え、日本をもの作りの国へ押し上げた、世界へ誇るべき「職人」たちが、様々な理由で年々減少しつつあるのも事実です。
ここでは、そんな職人さんたちの「手仕事」を少しでも伝えていければと思っています。
裁断を終えると、次は「漉(す)き」の工程へ進みます。
耳馴染みのない言葉でもある「漉き」。
「漉き」=革の厚みを、アイテムや用途に合わせ薄くする工程
そもそもの言葉の意味としては、“水が細く連なって落ちる様子”を表しています。ピンときた方もいらっしゃるかと思いますが、和紙などを作る際の、細かい網で繊維をすくい、全体が均等になるよう振るう作業のことを指す言葉でした。
それがなぜ、革の厚みを調整する工程を指すようになったのか。
諸説ありますが、靴職人が行う「Skiving(スキビング)」という“靴を縫い合わせる前の革を削る作業”から言葉を取り、「漉き」という漢字をあてがった、いわゆる当て字だそうです。
我々は普段から使う言葉ですが、こんな意味合いがあったなんて知りませんでした。
そんな漉きのアレコレを教えてくださったのが、いつもお世話になっている < 浅原皮漉所 > です。
戦後のものづくりを支えてきた工場や資材屋が立ち並び、その合間におしゃれなカフェが突如として現れる街、蔵前。
その一角に工場を構え、80年以上もの間、漉き一筋でやってきた専業会社です。
朝は、30分程しっかり時間をかけ、相棒となる機材のメンテナンスを行います。
金属製の機材は、冬は氷のように冷たく、夏はすぐに熱を持つため、時期に合わせた繊細なメンテナンスが必要です。
さらに、一日中フル稼働する機材は、工程を経るうちに少しずつ“ブレ”が生じるもの。ただし、このメンテナンスを怠れば、どのポイントからのブレなのかが明確にならず、結果として漉きのクオリティが落ちていきます。
だからこそ、どれだけ忙しくても、この時間だけは厳守しているのだそうです。
漉きの工程は、まず「全漉き」と言われる、パーツごとに均一な厚みに仕上げる作業からスタートします。
全漉きをする前の革パーツは、染めた時期や色によっても厚みがバラバラなので、“一辺倒に機械を通して漉けば良い”というような簡単なものではありません。
しかも、パーツを取った革の場所によっても柔軟性や繊維の方向が異なり、機械を通した際の「刃の通り方」が違うと言います。
表からの見た目は変わりませんが・・・
裏から見ると筋がハッキリ出ています。
しかも、漉きの依頼は「0.1mm単位」で行うため、微妙な調整の違いが商品のクオリティに響いてくることを職人さんは良く知っています。
実は、全漉き用のこの機材。
その機材を作ったメーカーから「0.2mmの誤差が出る場合がある」という説明があったそう。
当然のごとく、厚い革を薄くできても、薄くなってしまった革を厚く戻すことはできません。
漉き職人は、0.1mmの油断が、最終的に日本のもの作り全体のクオリティを下げかねない緊張感で戦っているからこそ、《0.2mmの誤差をゼロに近づける技術》を実現し続けているのです。
全漉きを終えると、次は「コバ漉き」へ移ります。
コバ漉きとは、縫い合わせ箇所や、商品に仕上げた際のパーツが重なって厚みが出そうな箇所を、部分的に薄くする工程です。
「押え金」と呼ばれる金具を付け替えることで、様々な形状や用途に合わせた薄さに仕上げることが可能となります。ブルックリンミュージアムの製品は全て、コバを「切り目」で仕上げているため、それに適した漉きを依頼しています。
非常にわかりにくいですが、パーツによっては、4辺の厚み指示がそれぞれ異なる場合も。それらを寸分の狂いなく仕上げる漉き職人は、そのパーツ1枚から、製品として仕上がった際のイメージが出来ていると言います。こうして説明していただいている合間にも、素早い手さばきで漉きあげていく様子は、見惚れる程、華麗なものでした。
何十枚にも及ぶパーツ全て、この手順を踏む必要があり、それは小物に限った話ではありません。我々の求める品質を維持するためには、絶対に欠かせない工程であり、この華麗な「手」が必要不可欠なのです。
「出来る限り薄く。でも強度は保たせたいんです。」
一見無茶な依頼にも、期待以上の技術で返してくれる──そんな職人の信念で、ブルックリンミュージアムのもの作りは支えられています。
一時期は、100人以上の職人がひしめき合っていたこの界隈も、海外への生産移行や、価格訴求の波にのまれ、廃業に追い込まれるような現状もあります。
『技術があっても、正当な評価を受けられない』
この実態は、多くの職人たちを苦しめ、日本のもの作りを衰退させ兼ねない“リアル”です。
それでもなお、浅原さんのような高い技術を持った職人が日々腕を磨き、今以上のもの作りを提供するのは、『この技術を絶やしてはいけない』というその一心だけ。
「自分はまだまだペーペーです。それでも、子供が胸を張って“親父は漉きをやっている”って、自慢できる仕事をしていたい──上からプレッシャーもかけられてますしね。」
そう、はにかんだ浅原さんの目線の先には、戦前戦後の激動を生き、技術を継承し守り続けた、1代目と2代目の笑顔がありました。
私たちには、こうした「手」を繋ぐことで仕上がった、モノに対する「価格以上の価値」を伝え続ける使命があると、深く感じた出会いでした。
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有限会社 浅原皮漉所
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